(残りのマレーシア部分については、まだまだ当分はリニューアルできなさそうな勢いです。)
HPの模様替え作業などをしていて、ひさしぶりに「多言語教育」について
いろいろと考えていたこともあって、
先日に引き続き、「多言語教育(への苦難の道)」の続編を書いてみることに。
(引っ張ってま〜す・・・)
幼児期からの「外国語教育」については、
日本ではとくに賛否が分かれるところなんじゃないかと思います。
なぜだろう?
島国だから?
ほぼ単一民族で構成されている国だから?
日常で使う場面がないから?
千葉に住んでいたころ、お隣にゴン太よりも2歳上と同い年の姉妹が住んでいました。
ちょうど、ゴン太のために近所の公民館で英語サークルを始めたところだったし、
いつも家の前で一緒に遊んでもらっていたので、
お隣さんにも
「最近、ゴン太の保育園のお友達を集めて、英語サークルを始めたんだけど、どう?」と
誘ってみたところ、
「うちは日本語だけでもきっちりしゃべれないから、英語はまだやらないほうがいいと思うの〜」といわれたことがありました。
それを聞いて、
「あ〜、それもそうよね〜(同意!)」と、思わず納得してしまった母(ワタシ)。
自分が「なんちゃって帰国子女」だったこともあり、
『幼少時代の2ヶ国語教育』の行く末に、
「自分のいい加減な日本語」 &
「いつまでたっても中途半端なレベルで足踏みしている英語」
という結末 (って、もう終わっちゃってる!?)もありえる、
ということを、自らの体験からも身に沁みて実感していたので、
お隣のママさんの言う、「日本語だけでもちゃんと出来るようになってから」という言葉が、
とても説得力のあるものとして受け取れました。
ウチの場合は
そのうち英語が絶対に必要になる環境に戻らなければならないという
事情があったので、当時は英語ギライになっていたゴン太とそのお友達を
巻き込んで子供英語サークルをしていたけれど、
そうでない場合は、「別に英語なんてしなくても、日本国内でならば
不自由なく一生生活できてしまう」 もんなのかもしれないんだなあ〜!!
と、
そのとき、あらためて「日本国内での英語」の占める割合についても考えさせられたものでした。
ところで
ウチのパパは、
自分では、「英語・北京語・福建語・マレー語・日本語ちょっと(会話理解ならOK)・ロシア語ちょっと(こちらは超初級会話程度)が出来る!」 ←(ほんとか〜???)マルチリンガルだ、とかなんとか言っているけれど、
本格的な論文などを書かせる場合などは、
やっぱり北京語でもマレー語でもなく、「英語」でしか
きっちり書けない状態になっている。
↑
あるときはマレー語のレポートが上手くかけずに苦しみ、
あるときは北京語でのスピーチが作れずにに苦しんでいる様子を
横目でみつつ、「ほらみてみ」とあしらう、冷たい嫁(ワタシ)。
語学なんてものは、毎日つかって (磨いて) おかないと、あっという間に忘れ去ってしまうものです。
ただ、自分の(浅く狭い)体験からして思い返してみると、
脳が柔らかい時期である若い頃に学習した事は、ふとした拍子に思い出されて、
ほかの事柄と関連付けて記憶の奥底から呼び出されることがある、ということ。
↑
(朝のオバマ氏の勝利宣言聞いてたら、自分の古いふるい記憶がよみがえり、70〜80年代に戻ってしまったように。)
幼児期や小学校時代にやった事が、あるきっかけをもとに記憶の奥底からよみがえって、
新しく学んだことなどに関連付けられて新たな知識として構築されていく、
ということは、
小さい頃に学んだりお稽古したり体験したことは、大人になってから、
「えっ?!」という状況下である日突然花開くこともありえる!ということになるのではないだろうか。
自分の(浅くせまい)体験からして言わせていただけば、 (くどい・・)
やはり、私自身は、「英語教育」 を数年間だけでも小学校時代に
受けさせてもらえたことにより、
たとえ日本語の語彙が同年代に比べて劣っていようが、
漢字が書けずにいつもパソコンで調べていようが、
ほかのアメリカ人の友達などは土日の2日間学校が休みなのに
日本人のワタシやその他の日本人生徒たちは
毎週土曜日に終日「日本人補習校」 ←(西田ひかるも通っていたらしい)
に通わされていた、というマイナス要素が
あっても、
「得したこと」のほうがはるかに多い!といわざるを得ません。
ゴン太に関して言えば、マレーシアにもどってからの1年間、
毎日中国語の補習塾に来る日も来る日もかよったおかげで、
最近ではふとした拍子に
小学校でならった中国語会話をつかって勝手に節をつけて歌っていたりするぐらい。
中国語が分かれば、「ともだち」が自然とふえる、ということも、
実感しだした今日このごろ。
マレーシアでの2ヶ国語、3ヶ国語教育を実際に体験してみて思ったんだけど、
おそらく、よほどの言語学者か専門職の頭脳明晰な方々でないかぎり、
100%の言語能力を3言語も4言語も常に維持するなんてことは、
出来ないんじゃないか、と思います。
基本となる1言語があってこその「多言語教育」!
↑
語学の専門職につく友人のmihhoyさんも以前コメント欄で「コア言語」 ←(専門用語だわ。)と書いて下さってます。
私としては、千葉でのお隣さんの言うことももっともだと思うし、
マレーシアに戻ってきてから毎日まいにち語学の勉強の時点で苦しんだゴン太を見ては、
「語学教育は幼少期、早ければ早いほうがいい!」と言うのももっともだとも思えます。
結局は「基本となる1言語」の基盤が出来ていないと、私のような「どっちつかず」の翻訳屋に
なっちゃうってことでしょう。
「言葉」はすべての基本ですから。
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本日もクリック応援&最後までお付き合い、ありがとう♪
今日も無理やり〆に持っていっちゃいましたね〜。
micko
- 2008.11.06
- Thu 13:03
- URL
-

私も英語サークルをやるときに同じような印象を受けたことがあるわ〜。
日本語はもちろん大切。
でも、日本では英語(外国語)を早いうちにやると日本語がおかしくなるといった一説が先行しちゃっている気がする。小学校から英語の授業を入れるよりももっと日本語(国語)をとか。
さんざん、もめて小学校から英語が入った結果は5年生から…。(しかも週1,2時間?)
日本語がおかしくなるくらいの英語環境を作るのがどれだけ大変なことかわかっていて言ってるのかしら?と思ってしまう私(笑)
もちろん、日本にいる限り、日本語は一番大切。
ただ、外国語を早いうちに始めることで日本語がおかしくなると言った一説が重視されすぎちゃってるんじゃないかと思います。
その反面、高いお金をとるのが目的の英語教室なんかも多いから判断が難しいんだけどね。通えばしゃべれるみたいな。
そんなわけないっつーの。
なーんて、つい熱くなってしまった(笑)
やっぱり日本語も英語も大切。
どっちも大切にそして更に他の言葉も話せるようになったらなんてステキなんでしょうね。
Mollyさんのご家族は羨ましいと思ってしまうわ。(もちろんコドモタチが苦労していることも多いと思います。)
私も戻ってやり直したいくらい。
でも、そうは言ってられない。Never too late!やり直してできるなら、今でも出来るハズ。
お互い子供の言葉も自分の方も頑張りましょー
Molly
- 2008.11.07
- Fri 22:31
- URL / Edit
DDJALrL2

mickoさん、こんにちは〜♪
そうだね〜、日本語がおかしくなるほどの英語環境作るのって、かなり大変かもね。最近では日本語も進化しちゃって、「勝手略語」みたいな言葉も多いし、英語だけが国語力を落とす原因ってわけでもなさそうに思えるよね〜。
一年間だけだったけど、英語サークルしてみて、英語面だけでなく親御さんの求めるものとか日本での英語の地位やら運営面での問題点なんかも、いろいろ体験しました。いいことも悪いこともひっくるめて。
多分、mickoさんも同じような体験をされたんじゃないかと、今回のコメント読ませてもらって思ったわ
これからもボチボチがんばろう
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